シチリアはエトナ火山の岸辺で,からくも一つ目の巨人キュクロープスの手を逃れた,アエネーイス一行は,その巨人の声を聞きつけたキュクロープスらの大群が押し寄せて来るのに肝をつぶして,どこでもいいから逃げよとばかりに,大慌てで帆をはって船をすすめます.
praecipitis metus acer agit quocumque rudentis excutere et ventis intendere vela secundis. contra iussa monent Heleni: Scyllamque Charybdinque inter, utramque viam leti discrimine paruo, 685 ni teneant cursus: certum est dare lintea retro. 686 ni] neP2R2c : nec P1 | 激しい恐れが彼らを駆り立て,方角もかまわず,帆綱を ゆるめて順風に帆を張った. ヘレーヌスは,逆の事を命じていた,スキュッラとカリュブディスとの 間の航路を(漕ぎ手が)保たなければ,両者の道は危険なものとなる.(685) 帆を逆に向けるのが確実であった. |
684行以下,岡・高橋訳には,この部分が意味不明としながら,このように訳をつけています.
「だが,ヘレヌスの忠告は逆を命じていた.スキュラとカリュブディスの|あいだへは,どちらを通るにも死とすれすれであるゆえに,|進路を取ってはならぬ,と.そこで帆を転じて,後戻りする事に決めた.」
Mynorsのapparatus criticusをみると,"ni pro ne positum testantur Prisc. xv 2 (Auctore Donato), Seru.)とあって,Mynorsもこのniはneと同じ,つまり接続法と共に用いられる,禁止のneと理解しているようです.つまり,岡・高橋訳と大体同じように考えているようです.OLDでも(s.v. 2a)上の例を挙げて,この解釈を指示しているように見えますが,類例はCatoなどには僅かにあるものの,ウェルギリウスの時代にはもうその用例はないようです.もちろん,昔のEは横棒が極めて短く,よくIに誤写される可能性は無い訳ではありません.ただ,現存する有力写本はniを支持しています.幾つかの写本はneをもっていますが,どれも後の訂正と思われます.
一方,ni=nisiは普通にあって,この理解で読む方法は,Pageの1890年初版のコメンタリーが示しています.簡単に言い直すと,次のような考え方です.
Scyllam ... cursusの部分は,ヘレーヌスの忠告の内容で,間接話法である.直接話法にするなら,Scyllam atque Charybdim inter, utraque via tenui discrimine leti (est), ni tenetis cursum. これが間接話法になると,Scyllam atque Charybdim inter, utramque viam tenui discrimine leti (esse), ni teneant cursum.となる.つまり,utraque viaがutramque via(対格主語),estはesseで,これは省略,teneantは,二人称が三人称になって,直接法は接続法になる.
ちょっと細かいことですが,直接話法の二人称のtenetisが間接話法で三人称のteneantになるというのはちょっと変で,この場合両方とも三人称,つまり漕ぎ手や舵取りたちが主語になっていると考えるのが一番自然なのでしょう.しかし,この些細な点をのぞいては,この理解で,文脈はかなりよいつながりになるのです.
つまり,乗組員はあわてて帆を張って逃げた.ところが,ヘレーヌスは,スキュッラとカリュブデスの間は,しっかり航路を保たなければ,死と紙一重の差だ,といっています.アエネーイスは,皆が慌てている様を見て,これでは正確な航路は期待できず,死の危険は極めて高く,帆を返して,シケリアをぐるりと回って行く方が確実だ,と判断した,という,つながりができます.(ちなみに岡・高橋訳「後戻りする事に決めた」(太字メレアグロス)はちょっといくら意訳でも,と思います)
いや,この注釈を読んで,2-3時間ほど感動していたのですが,ついさっき,困った事に気がついたのです.それは,utra(m)que via(m)は,普通は「両方の道」なのですが,この場合は,スキュッラとカリュブディスの間の道であって,たった一つの道のです.うーむ,ここまでうまく行っていたのに,最後のパズルのひとかけらがはまらない!OLDにもこれを説明できそうな意味はないし…….
結局,また振り出しにもどってしまったのでした.いや,これこそかい(櫂)のないことだったなあと思いました.